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30年前のインド旅行記

学者兼会社員58歳が30年前のインド、ネパール珍道中日記を書き起こします。

オールドデリーの混沌

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クリスマスの朝

午前7時半。突然のモーニングノックで起こされた。ボーイが来てメニュー表を差し出した。コンチネンタルブレックファースト25ルピーと書いてある。はっきり言ってちょっと高いが、とにかく頼んでみることにした。トーストとティーとオレンジジュースのセットだ。食べた後、2人ともまた寝てしまった。

午前11時半。さすがにこの時間になると、かなり温かくなってきた。ホテルをチェックアウトして、ぶらぶら歩いてみた。街は人と排気ガスの喧噪真っ只中だ。リキシャ、タクシー、自家用車、人人人。警笛~パーパー、エンジン~ブルブル。近くに2、3、ガイドブックにもでている手頃なホテルがあったので、覗いてみた。その中で料金も造りもなんとなく良さそうなYORK HOTELに今日の寝床を決め、ザックは置いて、ニューデリー駅へ向かった。

インドのあんま

もうお昼だ、腹が減ったので近くの何故かHotelと書いてあるレストランに入った。原田は、ナンとキーマカレー、僕は、チャパティとエッグカレーを頼んだ。2人で24ルピーだ。コンノートプレースまできたので、ここでゆっくりしようということで芝に座り込むと、ほどなくして、いろいろな物売りが寄ってきた。まずあんまがきた。彼は外国人観光客専門の足あんま師のようだ。手帳を持っていて、まくって見せると、日本人のメモがある。「○月×日、僕は大学生、このおっちゃんのマッサージはうまいよ…」というようなことが書いてある。

こっちはいらないというのに、あんま師が足をもみながら、いろいろ説明しながら、あんまを始めようとする。冗談で「僕もあんまのプロだよ」と言って原田の足をあんましてみたが、相手は信じなかった。すると子供が寄ってきて、いろいろ売りつけようとする。別にあんまをやってもらってもいいけど、煩わしいので、とりあえず断ってデリー駅へ向かった。

列車の予約に一苦労

デリー駅に近づくにつれて、だんだん“らしく”なってきた。道端に何故か寝転がっている人たち、物売り、バス、まさに混沌とした世界だ。デリー駅では、明日乗る列車の切符売り場と駅の入り口を確かめようといろいろ見て回った。そうこうしていると、人が寄ってきた。どこに行きたいのかと言ってくるので、原田がアグラと答えると又、売り込みが強まった。アグラ行きの観光バスで50ルピーだという。結局バスは断って、ツーリスト向けの観光情報もあるバローダハウスに行くことにした。今度集まってきたのはリキシャの運転手。2人のうち人の良さそうなターバンを巻いたおっちゃんに決めて、乗り込んだ。

バローダハウスでは僕らと同じ日本人の2人組に出会った。彼らも僕らと同じ便でデリーにきたという。「300ルピーすられたんや」となげいている。そのうちの1人の大阪から来た人の良さそうな方によれば、女のすり集団(といっても最初は物乞いと思っていた女たち)が、わっとよってきて、気がついたら300ルピーなくなっていたらしい。僕らは2等のタージEXPを予約したが、彼らは窓口でレイルパスをとった方がいいと言われて迷っている。YES、NO、でいったりきたりして言葉がイマイチなのもあってはっきりしない。日本人よ、しっかりせよ。(自分も含めて)

とりあえず遺跡観光

バローダハウスを出て近くの古城に向かった。そういえば、まだ観光らしい観光をしていない。コンノートプレースから、やや南東にあるこのあたりはデリー駅周辺と違って、ずいぶん落ち着いた佇まいだ。古城だと思って写真をとって出てきたら、又、その奥に本当の古城があった。インドの遺跡巡りをするとこういうことってよくありそうだ。

次にリキシャで天文台に向かった。1725年に建てられたといわれるこの天文台は巨大な日時計、星の位置の観測用の大きな同筒などがある。写真を撮っていたら、突然原田が僕を大声で呼ぶ。どうしたのかと思ったら、写真を撮ろうとしていたらウエストバックにスリの集団がよってきて、手がかかっていたので蹴飛ばしたそうだ。今日会った日本人がすられたのと同じ集団かな。油断も隙もないといったら、ありゃしない。

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オールドデリーの混沌

その後、デリー城とジャマーマスジットに向かった。この2つはオールドデリーの方角だ。オートリキシャはオールドデリーの繁華街を進む。ここはニューデリーの喧騒どころじゃない。人、バス、タクシーが行き交い、牛が寝そべっている。すべてが、もうぐちゃぐちゃだ。道の両側にはいろんなものが並べられ、売られている。スニーカー、上着、香辛料などなど。ジャマーマスジットとデリー城を外から見て、写真をとったものの、ムスリム以外は入館できない時間になってしまったのでホテルに帰ることにした。ジャマーマスジットのあたりは、ムスリムにとってのもっとも崇高な場所であるとともに、デリーでもっとも卑俗なところだ。歩いていると、ガキが集まってきて、ギャアギャアうるさい。

ついでに、近くのバザールをちょっと覗いて見た。いろいろな生活用品が売られている。ブリキ製のスーツケースだとか、お香立て、靴、服など。ミュージックテープ屋があったので、今インドで1番流行っている歌が欲しいと言うと、2、3、出してくれた。まあ、日本で言えば、三波春夫や、美空ひばりといった雰囲気だ。もっと若い女の子のはないかと聞くと、ないという。インドでは、年期をつまないとヒットシンガーにはなれないらしい。日本みたいに、可愛い子ちゃん歌手がいてもいいのに。しかし、このバザール、ちょっとだけ寄るつもりで入ったのだが、いくら歩いても出口にたどり着かない。ここは例の“泥棒横丁”っていうところらしい。例えば地方都市~僕の育った大分だったら“竹町商店街”が舗装されてなくて、ましてアーケードなんてなく、いろいろな種々雑多ものが売られていると考えればいい。しかも歩行者専用ではけっしてない。ごったがえす人波をぬって、スクーター、リキシャ、荷を背負った牛やロバが、果ては意味もなくヤギが歩いている。そして、ちょうど夕食の時間で、食べ物屋からいい匂いが漂っている。日本でいえば夜店のお好み屋やたこ焼き屋の雰囲気だ。各店の周りには、コジキさんが集まって座っている。食べ物を乞うているのかな。しかし、コジキの皆さんも、彫が深く細身で、ヨガの聖人と見ようと思えば見えてしまう感じで、その境目は難しい。

それにしても、どこまで行っても出口にでない。この横丁に入ってからと言うもの、外人は一人も見ない。インド人も不思議と、僕らに声をかけてくることもない。ほとんど、映画の「レイダース失われたアーク」や「ブレードランナー」の世界だ。そこには、観光地で向けられる外人観光客なれした目つきとはまったく異なる視線があった。オレンジを買って、食べながら歩いていくと、やっと、バス、タクシー、オートリキシャが走っているさっきの大通りに出た。

トゥエンティワンでアイス

一旦、ホテルに戻ってから食事に出かけた。昨日行ったロイヤルレストランの隣のグランドレストランだ。ここは都会なのでかなり普通より値段が高いと思うが、それにしても日本のインド料理屋に比べれば安くて美味しい。その後歩いて見つけた21(トゥエンティワン)に入った。ほとんどサーティワンのパチモンの世界で、ハンバーガーだのアイスクリームだのが置いてあって大繁盛だ。ヤンキー物質文明の一撃が、ここインドにも加えられている。それにしてもトゥエンティワンで食べたバニラアイスクリームは美味しかった。