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30年前のインド旅行記

学者兼会社員58歳が30年前のインド、ネパール珍道中日記を書き起こします。

カルカッタの喧騒

カルカッタで旅の手配

早朝、カルカッタ*1に着く。まず、市電に乗り、中心街へ。重いザックを背負ったまま、走っている電車から飛び降りる。その拍子に転んでしまったが、特になんということはなくてよかった。その後しばらく歩き回って、エア・インディアのオフィスへ。1回目のカトマンドゥでは信用できないので、再度のリコンファームだ。さすがにカルカッタのオフィスでは端末を使っている。非常に対応が遅かったが、リコンファームできて一安心。その後、原田がカトマンドゥでは本当にリコンファームできたのかと聞くと事務の人は笑ってできたといったが、あまり信用できない。やはり目の前で端末をたたかれると安心できる。カルカッタはけっこう暖かい。この分だと、次に行く予定のプリーに期待できる。エア・インディアのオフィスからサウスイースター鉄道のチケット販売所まで、タクシーに乗る(18ルピー)。インドに来てアンバサダーに乗るのは初めてだ。室内は結構広い。

サウスイースター鉄道の販売所には外人専用窓口がありそこに向かう。プリーまで、又、二等寝台を予約。窓口のインド人のおばちゃんが1人で頑張っている。隣に、もう1人おっちゃんが座っているが、この人は受付専用らしく、チケット販売はしない。おばちゃんが、行ったり来たり処理しているため結構時間がかかる。しばらく待って49ルピーでチケットが取れる。これで2日連続の二等寝台という強行スケジュール。二等以上ではたいして客室は変わらないのに料金はかなり違う。これで2日分の宿泊費を浮かせたことになる。その後、インドを出発する14日に宿泊するリットンホテルの予約をして、ホンコンレストラン(ガイドブックに、美人の中国人女性がいる中国レストランと書いてあった)で食事をする。インドに来たすぐの頃と違って、今や、なるべくインド料理は食べないようにしてる。頭じゃなくて、体がそうしてくれと訴えるのだ。

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インドのクリケット

その後イギリス王朝の名残をとどめる広場でお昼寝。予想に反して、あまり人が寄ってこない、デリーにいた頃と比べて逆にこっちの方が変わったのかも。ちょっとみすぼらしくなったのだろうか。そこでけっこうゆっくりした後、広場をまわってみると、何人かでスポーツをしている。さすが、イギリスが支配していた国。なんとクリケットをやっているのだ。看板をみると、ここはスポーツクラブらしい。考えてみると、日本には相撲や柔道があるのに、インド古来のスポーツというものがあまり思い当たらない。逆にいえば、インドでは、ヨガが、スポーツによる肉体的鍛錬と精神的な修練のすべてを統括してるのかもしれない。

今日は重いザックを背負っているので、あまり観光する気がしない。その後歩いて駅に向かう。さすがにカルカッタの街は、人とバス、バイク、リキシャでごったがえしている。普通のガイドブックには書いていないけれど、僕と原田がお薦めするインドの旅に必要なものはマスクと耳栓である。道ばたの物売り、駅へ向かう人、バスに群がる人たち、全てがごったがえしている。アフリカの難民問題が話題になるが、ここカルカッタは、それが日常化しているというか、筋金いりの、と言えるかもしれない。

2日連続の二等寝台

駅に着いて、お茶を飲んだ後、ホームに向かう。リザベーション確認書が貼りだしてあって、そには確かに原田と僕の名前があるが、コーチNo.がどれだかわからない。そこにいた人に聞くとコーチNo.は下に書いてあるのだという。そこで、No.を確認し、コーチを見つけて入る。昨日と同じ二等なのに空いていて、オーディナリーの人は誰もいない。今日は快適におやすみできそうだ。盗難だけには、くれぐれも気をつけて!

それにしても、人に聞いたり、書いてあるものと違い、僕はそれほどカルカッタに違和感を感じなかった。多分、真っ先にここに来ていれば、刺激が強くて逆におもしろかったかもしれない。インドにきてもう二週間以上たっているし、自分の方が慣れてきたという感じだ。それにしても、鉄道のチケット売り場、駅のプラットホーム、さらには映画館に至るまで、どこに行っても10ルピー出せば案内してやるというやつが出てくるのには、呆れたもんだ。そう安易じゃなく、もっと努力して金儲けを考えろと言いたい。

*1:当時の呼称、現在はベンガル語コルカタに変更