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30年前のインド旅行記

学者兼会社員58歳が30年前のインド、ネパール珍道中日記を書き起こします。

インドに舞い戻る

飛行機でパトナへ

今日もジャスミンで朝飯を食べた後、タクシー(30ルピー)で空港へ向かう。空港は人でごったがえしている。ここカトマンドゥは、タイ航空、ロイヤルネパール航空、インディアンエアラインと3つの航空会社が乗り入れている。いつもの調子で飛行機は遅れて到着し、そして出発した。

飛行機が飛び立つとまもなく、ヒマラヤの山並みがはるか彼方に見えてくる。真下は、カトマンドゥの街並みだ。しばらくして、昨日行ったボドナートが見えた。高いところから見ると、まるでオモチャ箱のようだ。飛行機から見る景色はどこでも僕は大好きだが、やはり普段、日本の空から見る景色とはまったく違っている。ポツンポツンと大きな綿雲が幾つも浮かんでいる。眼下には、はるか彼方まで、田園の風景が広がっている。

30分か40分くらいで、飛行機はガンガーを越え、パトナ空港へ着いた。またインドに逆戻りだ。イミグレーションチェックを終え、空港を降り立つと、いつもの調子でタクシーやオートリキシャが群がってくる。「ネパールからの免税品、ウイスキーやタバコ買うよ」という人たちも多い。オートリキシャでパトナ駅へ、カルカッタ行きの寝台列車の予約をしにカウンターに行くが、僕のつたない英語では埒が明かない。駅のツーリストインフォメーションに行くと、売り場は違うとこらしい。どうにかこうにか、原田の活躍でカルカッタ行きのチケットを手に入れる。

インドの上流社会を垣間見る

リキシャでMAURYA PATNAホテルへ向かう。途中、銀行を見つけたので寄ってみる。しかし銀行は終わったといわれる。まぁよく考えれば日本でも3時には、銀行は閉まってしまうものだ。MAURYA PATNAホテルに着くと、インフォメーションでは両替できないと言われる。まいった今日はついてない。空港でやっときゃ良かった。キャッシュではどうかというと、100ドルくらいなきゃダメだという。そのうち、マネジャーと話すので待てという。しばらく待つと、レストランで飲み食いすればOKという。

そこでレストランに入ってみると、超高級なので驚いてしまう。いかにも、インドの上流階級のおっさん、おばさんがしずしずと食事している。カトマンドゥの泥だらけの道を這いずり回った靴で僕らが入るには場違いな感じだ。結局、TCをルピーに変えて一件落着。

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パトナから寝台列車に乗る

パトナ駅に戻り、ホームの前にあるレストランで食事をしながら列車を待つ。合い席させてもらったのは、いかにも品の良い感じのじいさんだ。彼は1973年に東京に来たという。彼と色々しゃべりながら待っていると、又、列車は1時間遅れることになった。それにしても感じのいいじいさんだ。あんた本当にインド人ですか?とつい、いいそうになったくらいに。

やっと列車が着いたものの、自分の客車番号を探すのにまた一苦労。最初、一等のコーチに入っていると、ここは二等ではないと言われ、車掌に追い出される。二等のコーチを探して行くと、そこはもう人だらけ。もう、自分の予約も何もあったもんじゃない。まったく席が空いてなかったんだが、それでも入って行くと予約No.は、と聞かれ座ってた人が席を譲ってくれた。本当にすべからくこの調子。「ここに座っているのはみんなオーディナリー、2時間くらいすると降りるので大丈夫」とこともなげに言う。僕は窓側の上の席に落ち着く。上の席から見ていると、その混みようはすさまじい。そのうち、スナック売りがやって来た。いくつものスパイスを缶から取り出し、最後に秘薬のような、液体をあざやかな手つきで混ぜる。このDalmodeというスナックは香辛料が効いていてなかなかいける。レストラン紅花のように、その手つきのあざやかさで売っている感じだ。列車の中の物売りはけっこう売れ行きがいい。2時間くらいして、途中の駅で、オーディナリー客はみんないっせいに降りたので、やっと寝床を敷いて、おやすみなさい。

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