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30年前のインド旅行記

学者兼会社員58歳が30年前のインド、ネパール珍道中日記を書き起こします。

国境の町の大晦日

ネパール国境に向け出発

国境で1泊する予定のポカラ行きのバスは、いつもの調子で、集合時間の朝7時から1時間遅れて出発した。今回の僕らのパック旅行の道づれは、ドイツ人夫婦と、オーストラリア人のカップルだ。朝食を食べて腹ごしらえした後、6人の乗客と運転手を乗せたスーパーラグジュアリーコーチ(名前だけ)は、田園風景の中、インドの高速道路(実際は普通の田舎道)をひたすら突っ走る。バタンバタン、時折パシンパシン。このパシンパシンという音は一番後ろの座席シートが、時々外れて、跳ね上がる音だ。

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スーフィーの歌声

途中、食事や休憩で立ち寄る道路沿いには、チャイ屋と物売りが待っている。バスに揺られる合間に飲むチャイは、とても美味しい。食事で寄った店に、DANPURAというインド風アコーディオンを弾きながら歌っているスーフィーの歌手がいたのでテープに録音させてもらった。孤独な目をして、年齢不詳な中性的な声で、彼は何を弾き語っているのだろう。一緒になったドイツ人のおやじは、わりと典型的なプロテスタント中産階級タイプで何かあると必ず「なんだこのインド人は」という感じでつっかかっている。オーストラリア人のカップルは、訳ありな感じだ。男の方はインド、ネパールに、もう何回も来ているみたいだ。 

陽が沈み、真っ暗な中をバスは突っ走る。こうして車に乗っていると、最初計画していたレンタカーでインド縦断なんてやっぱりなかったなと、つくづく思った。それにしてもバラナシを出て以来、1度も信号に出くわさない。インド国中で、信号があるのは、デリーか、カルカッタぐらいなのかもしれない。

国境の町~バイワラへ

午後8時。やっと国境にたどり着いた。みんな一人ずつ、バスから降りて、路上に面したところで、出国手続きをした。その後歩いて国境を越え、その場でビザの申請、入国手続きを済ませて、いよいよネパール入国だ。国境にたどり着くためのここまでの時間やエネルギーに比べて、出入国手続きのなんたるあっけなさよ。

こうして、1984年の大晦日は、ネパール側の国境の町~バイワラで迎えることになった。そして、ネパールツーリストトラベルが用意してくれた今日われわれが泊まるモンタナロッジホテルは、インドに来て以来、最悪のホテルだった。インディアンスタイルで、ホットシャワーは出ない、窓のない真っ暗な土蔵のような部屋だった。しかもこの日、インドにきて初めて下痢になってしまい、僕の1984年は、わりと悲しい気持ちで、過ぎていった。